コメ価格、過去最高を更新/備蓄米でも止まらぬ値上がりー崩れた農業政策の均衡
4月に入ってもコメの価格上昇が続いている。農林水産省が14日に発表した、全国約1000店舗のスーパーを対象とした調査によると、先月31日から1週間の平均価格は5キロあたり4214円と、14週連続で値上がり。過去最高を更新した。
備蓄米の販売が店頭で始まったことから、一部では価格が下落に転じる可能性も指摘されていたが、実際には3月下旬と比べて8円上昇。わずかではあるが引き続き値上がり傾向が続いている。
こうした動きについて、農業経済に詳しい専門家は「足元の価格上昇は、一部で不安心理による買い込みや流通在庫の偏りが影響している」とした上で、「しかし昨年は豊作であり、さらに政府の備蓄米も市場に供給されている。中長期的には供給過剰に転じる可能性もある」と指摘する。
私たちは現在、目先の価格動向ばかりに注目しがちだが、市場の裏側では「供給が多すぎるリスク」も静かに進行している。作柄は良好で備蓄米も出回っており、構造的に見れば、むしろ過剰供給の懸念が強い。
お米バブルははじけるかー政治とJAの失態
さらに日本では米の年間消費量が長期的に減少しており、インバウンドや外食産業の回復も限定的だ。こうしたなかで現在の価格高騰が実需によるものとは言い難く、一部の不安心理や「念のため」の買い込みが相場を押し上げている可能性もある。
問題は、こうした“買いだめされたコメ”が一斉に市場に戻り始めたときだ。在庫が放出され、買い手が細れば、価格は一転して大きく崩れかねない。過去にも、期待で値が上がり、現実で急落する“バブル的現象”は繰り返されてきた。
だが、今回の“米騒動”とも言える価格高騰をめぐって、JAや政治家の対応には見過ごせない失策があったように思う。
まずJAについて言えば、昨年の作柄が平年並みかそれ以上であったにもかかわらず、「作付け調整」の名のもとに供給の手綱を締めすぎた側面がある。需給のバランスをとるという理屈は理解できるが、現場では「備蓄米の存在を加味せずに生産制限をかけたのではないか」という声もあがる。結果として、消費者価格の急騰を招き、米の安定供給に本来貢献すべきJAの役割が疑問視されている。
一方、政治家の動きも後手に回った印象は否めない。備蓄米の放出タイミングや量の調整について、現場との温度差が大きかった。価格が高騰し始めた初期段階での迅速な介入や、消費者向けの明確な説明がなされていれば、不安による買い込みや混乱を防げた可能性は高い。
農政は農家を守るための政策であると同時に、国民の食を守る政策でもあるはずだ。だが今回の事態は、両者のバランスが崩れ、誰のための政策なのかが見えにくくなっていることを浮き彫りにした。
いまこそ「JA解体論」
しかし、問題は一時の対応にとどまらない。今回の混乱は、JAという巨大組織の構造的な歪みをも浮かび上がらせた。生産者団体としてのJAは、農家の利益を守ることを第一に掲げているが、その一方で「流通」「販売」「金融」など多岐にわたる事業を抱え、もはや“誰のための組織なのか”が曖昧になっている。
特に、米の価格や供給量の調整に関しては、JAが強い影響力を持ち、農政とも密接に連携している。しかし、その調整が市場の実態を見誤れば、今回のような高騰や混乱を招く。結果的に打撃を受けるのは消費者であり、そして農家自身でもある。価格の乱高下は信頼を損ね、長期的な需要の減少にもつながる。
JAは本当に農家を守っているのか? あるいは、自らの組織温存のために旧態依然とした仕組みを維持しているだけではないか。そうした疑問は、もはや一部の有識者だけでなく、農家や地域住民からも上がりつつある。
政治もまた、JAとの関係を忖度し続けるばかりで、抜本的な改革に踏み込めない状態が続いている。だが、人口減少・食習慣の変化・農業従事者の高齢化といった現実を前に、従来型の農政は限界を迎えている。
こうした状況の中、「JA解体論」は決して過激な議論ではなくなってきている。形骸化した機能を見直し、本当に必要な支援だけを残してスリム化することで、持続可能な農業と、健全な食の供給体制を再構築する時期に来ているのではないか。
米の価格をめぐる混乱は、単なる一過性の出来事ではない。日本の農政と農業の未来を見直すための、警鐘と捉えるべきだ。