目や耳があてにならないなら貴方はどうしますか?
かつて、新聞(マスコミ)は人々を目覚めさせ、教えを導く存在として「社会の木鐸(ぼくたく)」と呼ばれていた時代があった。
それは新聞(マスコミ)人も自ら自任していたし、社会もそれを認めていた。
しかし、昨今は朝日をはじめとする新聞(マスコミ)は今、社会の信用を全く遺失し、新聞人にその矜持の欠片も見られない。
昨年のモリカケ報道にみられるように、一定の主義主張、特定勢力の機関紙に成り下がり、印象操作や国民の感情を煽(あお)るだけの存在になっている。
あれだけ新聞(マスコミ)野党が全精力を掛けて偏向報道したにも関わらず、朝日新聞の購買数は激減し、野党の支持率は全部合わせても10%にも及ばないという事実が如何に新聞(マスコミ)が日本の国民に信用されていなかを見事に証明している。
そんな中、未だに新聞(マスコミ)の偏向報道に誤誘導されているのが、沖縄社会である。
きょうは、フェイスブックから間裏 アキヒコさんの投稿を紹介します。
間裏 アキヒコ
https://www.facebook.com/jyomaura
【 目や耳があてにならないなら貴方はどうしますか? 】
ジャーナリズムは国民の目であり耳である。
その定義に文句はありません。
目や耳はとても大切です。
目でみて耳で聞いたことで、脳みそである国民が判断をするのですから。
ところが目や耳が暴走したらどうですか?
目が勝手に見たいものを選んで、見たくないものは見なかったら?
耳が勝手に聞きたいことを選んで、聞きたくないものを聞こえなくしたら?
当然のことながら、脳みそである国民は、正しい判断ができなくなります。
目も耳もあてにならないわけですからね。
船でいえばレーダーが勝手に、あるものは探知するけど、あるものは探知しない。
そんなレーダーは不良品ですよ。
危なくて船を航行できませんわ。
単に不正確なだけならまだましです。
単なる不良品ならまだましです。
ある意図にそって情報が歪められている。
ある意図にそって見えないもの、聞こえないものが存在する。
それは不良品ですらない。
有害なハッキングチップですよ。
敵性のものに遠隔操作されていますよ。
そんなものを欲しがる国民などいません。
まともに作動する目や耳が欲しい。
脳みそである国民がそう望むのが当たり前です。
ところがこの頃のマスゴミはなんと「我々は国民の代表である」とか言うそうです。
呆れたことに単なる目玉や耳が、「我々は脳みそである」と主張しているみたい。
これは脳みその乗っ取り宣言ですよ。
国民の代表とは選挙で選ばれた議員のことです。
マスゴミ?君らは企業に選ばれたただの社員だろ?
国民がいつ君らに代表権を渡したのかね?
どこまで調子に乗ったら気が済むのか?
どこまで驕り高ぶれば気が済むのか?
ことここに至れば、私たちはもう、「報道しない自由」なんて揶揄している場合ではない。
国民の地位を乗っ取ろうとするマスゴミに、より実効的な対策をするべき時期にきています。
きっと不買運動だけでは不十分ですよ。