アイコン ソフトバンク側近2人の内紛 SBのクラウレ氏とVFのミウラ氏が対立

 

 

ソフトバンクグループについての孫正義社長の壮大なビジョンが、側近2人の権力闘争で後退を余儀なくされたとブルームバーグが報じている。

<前置:クラウレ氏とミスラ氏の人物像>
マルセロ・クラウレ氏は、ボリビア人、米国で携帯電話の卸売事業で成功、ソフトバンクに事業会社を売却して、2014年8月スプリント社のCEOに、2018年5月ソフトバンクグループの最高執行責任者(COO)に就任。

ラジーブ・ミスラ氏は、インド人、ペンシルバニア大理工学部卒、MITでMBA取得、金融・投資部門が長く、ドイツ銀行、UBSを歴任後、2014年11月ソフトバンクのSIMI戦略的ファイナンス責任者に就任、2016年10月SB-VF(ビジョン・ファンド)の責任者に就任。

ブルームバーグによると、
マルセロ・クラウレ氏は約7ヶ月前に、ソフトバンクグループの最高執行責任者(COO)に昇格した。
同社の投資先企業全般の業務改善と、ウーバー・テクノロジーズやウィーワークなど新興企業間の協力を促すのが使命だった。
しかし、同氏は最初から、1000億ドル(約10兆9800億円)規模のビジョン・ファンドおよび孫氏にとって最重要な投資先の多くを統括するラジーブ・ミスラ氏と衝突した。事情に詳しい複数の関係者が明らかにした。

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数ヶ月にわたる争いの末、ミスラ氏が重要な勝利を手にした。
クラウレ氏が使命を果たすために集めたチームは、ビジョン・ファンドへ、つまりミスラ氏の配下に移されたと非公開の情報だとして関係者が匿名を条件に述べた。

クラウレ氏チームの約40人は2月1日、電子メールでこの異動を伝えられた。採用されたばかりで、まだ業務を開始してもいないメンバーもいたという。
ビジョン・ファンドにおけるシナジー追求は、クラウレ氏ではなく、ミスラ氏の下で進められることになった。

クラウレ氏のCOOとしての役割は縮小され、ビジョン・ファンドのポートフォリオ企業以外を担当することになった。
電子メールによれば、シェアオフィス運営のウィーワークや英半導体設計のアーム・ホールディングス、資産運用のフォートレス・インベストメント・グループなどが対象となる。

ソフトバンクが設立する計画の中南米をテーマとした投資ファンドの運営が、同氏の主な仕事になるという。家族とともに東京に赴任してから2ヶ月だが、かつて本拠としていた米フロリダ州マイアミへ戻ることを考えている。

クラウレ、ミスラ両氏は同時に行われたインタビューで、2人が対立しているとの見方を否定し、うまく協力していると述べた。
「われわれが共有している仕事への情熱を、緊張した関係だと誤解しないでほしい。日常的に行っているように、未来に向けたソフトバンクの大胆なミッションの実践と実現のために協力し続ける。変更が行われたのは、それがわれわれの業務にとって正しいことだったからだ」とクラウレ氏は語った。

体制見直しでクラウレ氏は、後退を迫られた格好だが、真の敗者は孫氏自身かもしれない。
テクノロジー企業に投資する巨大ファンドが掲げる「ビジョン」は、世界最高級のスタートアップ企業同士を協力させること。

孫氏は、これを「ナンバーワン会社の群戦略」と呼ぶ。孫氏が意味するのは1プラス1が2以上になるということだ。しかし、幹部2人の対立があからさまになった今、投資先企業群がうまく協力していけるかどうかにも疑問符が付いている。

サンフォード・C・バーンスタインのアナリスト、クリス・レーン氏は、孫氏は「恐らく、この展開全体にいら立っているだろう」として、「孫氏が全てのことに関われればよいのだが、その時間がない。クラウレ氏が代わりを務めてくれることを望んだのだが、結果的には同等の力を持つ2人を対立させてしまった」と話した。
  クラウレ氏は2013年、ソフトバンクが同氏の携帯端末卸売事業ブライトスターの過半数株を取得したのに伴いソフトバンクに加わった。米スプリントのトップに抜てきされて経営立て直しに手腕を発揮した後、TモバイルUSへの事業売却の合意を取りまとめ、昨年にはソフトバンクCOOとなり12月に東京に赴任した。
 
起業家のクラウレ氏は孫氏のビジョンを実践する最適の人材だった。クラウレ氏はポートフォリオ内の企業を育ててパフォーマンスを改善させたり、対政府関係といった重要な支援業務を手掛けたりするのに精通した幹部チームづくりに着手。同氏が作り上げる「ソフトバンク・オペレーティング・グループ」は200~500人規模のチームになるとされていたと関係者は語る。

しかし、クラウレ氏がビジョン・ファンドの運営に食い込むのは難しかった。同氏は孫氏を説得し、自分とミスラ氏、ソフトバンクの最高戦略責任者の佐護勝紀氏で毎週、戦略電話会議を開くことになった。

クラウレ氏は当初、詳細な資料を用意し、自身のアイデアを説明したが、ミスラ氏はほとんど準備をせず思い付きのように発言した。
クラウレ氏はミスラ氏に協力する意思がないのだと受け取った。

孫氏はクラウレ氏が全社の業務に関われるよう根回しを図った。
だが、ファンドの最大の出資者であるサウジアラビアを中心としたパートナーらは、コンプライアンス(法令順守)上の理由から、ポートフォリオ企業を支援するチームは、ファンドの一部として、ミスラ氏の傘下にあるべきだと考えた。

ミスラ氏とサウジ王家との間には、同国によるファンドへの出資前から関係があった。結局、クラウレ氏は、チームとともにビジョン・ファンドに付き従い、ミスラ氏の配下に入るかどうかの選択を迫られ、拒否したという。

孫氏は6日、四半期決算発表に伴い都内で投資家とメディアを前に語ったが、組織改編には触れなかった。
同氏は、このところ、しばしば、度重なる技術変革を乗り越えて300年間生き延びられる企業を創り出す必要性を説いている。

それでも目先の課題は、拡大するポートフォリオを管理するとともに、側近たちの自己主張を折り合わせていくという、もっと平凡なものかもしれない。
以上、ブルームバーグ参照

クラウレ氏は育て上げる才能に持ち主、育てるには当初から目的もって投資して育てるのが本望、あてがわれた案件では満足しなかったと見られる。

ミウラ氏は、サウジ王家との関係、金融界に精通し、チャンネルも持っている人物。

孫氏は、クラウレ氏をSB-G本体に呼び込み、片腕にしようとしたものの、サウジ等投資パートナーらが、ミスラ氏の上にクラウレ氏が君臨することを拒んだとされる。SB-VFの独立性は、投資会社としては当然のことだろう。

孫氏に日本的ななぁなぁがあったとは思わないが、世界に通用しないことは一番知っている人でもあろうに・・・。
ソフトバンクグループでは、投資を司るチームと別途VFのチームがあり、その棲み分けがなされず混在させ、明確になっていない部分がある。

こうした時代の寵児、投資事業は、長年の日本・世界経済が成長しているからこそ成功しているものであり、日本を含む世界経済が低成長に陥ったときに、投資事業をどこまで成長させることができるか真価が問われることになる。それがいくら近い将来の未来産業であったとしても・・・。

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[ 2019年2月12日 ]

 

 

 

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